結構まとめサイトやら掲示板なんかは見るけどうーんって思うことはよくある。詰まることが多い騎手に下手下手言われてるのを見ると下手ではないんだがなと思ったり。馬券がはずれての腹いせだろうから言うのはいいんだけども、ただ、それは正しくないことの方が多いし、そういった騎手を見下す判断で買えない騎手と断定するのは先に繋がらない。

乗ってる馬の人気とか能力差があるので当たり前に勝てる1人気で詰まってばかりで勝てない騎手なら批判されるのもしょうがないと思うけど、上位人気馬に沢山乗れる実績持ちの今の中央のリーディング上位騎手でそれに当て嵌まるような下手な騎手はいないと思う。確かに勝負弱い人はいるけども。

まず、詰まるという負け方。これは馬を動かせている状況がある。詰まらなければ伸びてるわけだからポテンシャルを発揮させられてるってこと。だから若手が人気薄で詰まって負けるみたいなことは騎手は上手く乗っての結果だから下手だと批判するのはちと違う。若手で詰まる人はだいたい上手いと思う方がむしろ正解。あと、これだけ詰まって脚が余ったのなら最初から外に出してれば最後は伸びてただろという批判もそんな簡単なことではなくて、馬の後ろにいたから脚が溜まったわけで、最初から外で前に馬がいない状況では脚は溜まらないことの方が多い。よく見るこういった批判も間違ってるよと言いたい。

人気馬に乗って詰まることが多いなと思う騎手も確かにいるけど、その騎手は詰まって負けるのと同じかそれ以上の勝鞍を持ってるから馬のポテンシャルを引き出すのがもの凄く上手くて乗れる騎手。もちろん全然下手じゃない。時と場合ではもっと早く出せる場面あっただろとか思うこともあるけど、これは他のスポーツでも言えるけど俯瞰的に見てる立場だからあーだこーだ言えるわけで、騎手目線だと画面で見てるほど容易くできることではない。そこをいとも簡単にやれてしまう騎手がトップにいるのだが、彼らは周りの馬の動きを誰よりも早く察知する能力があるからもの凄い小さなタイミングを見逃さない。ゾーンなんかに入ってしまうと感知能力が更に凄いことになるから手が付けられない。馬を動かせる上手い騎手の中でも上位と下位に分かれるのはこの差が大きい。まだ周りが見えてないような若手騎手からすれば一部の上位騎手の能力は異次元に思っているに違いない。

そんなベラボウに上手い上位騎手でも詰まりは否応なく発生する。上位騎手でさえ全部思ったように道が開けるわけではないから。掲示板に書かれていた、詰まった騎手に対して下手だ下手だと批判する言葉が多かったことに思う所があったので反論の意味でこんなことを書いてますが、とどのつまり詰まる騎手は下手ではない。馬は動けているのだよ。これが言いたかったこと。自分でも詰まって頭にくることはあるけどね。納得できなければバンバン批判もするけど間違った見方での批判はよろしくないかなと思いました。

詰まる騎手は下手じゃないという流れから、ついでなので本当に下手な騎手について。これは単純に馬のポテンシャルを引き出せない騎手が下手だというカテゴリにいる。乗れない若手も一杯いるし老害組にもこれはいる。若手の場合は単に経験不足とも言えるけど馬への理解不足という面では一緒なので、馬の個性の把握が足りないまま乗るから正しい脚質を引き出せない、前走敗因を知らない、勝っているレースを確認しない、馬柱を見ない、VTRを見ない。この辺りは最低限だから全部放棄する騎手はいないと思うけど、下手だと認識している騎手は馬に合った位置にいないことが多いのと逆に、乗れる騎手は馬の何かを感じて脚質が分かって個性に合った位置を取っている人が多いように思う。個性の感じ方は人それぞれだろうけど、その馬に合った脚質の位置で競馬をしてくれる。これが安心。

馬は本当に馬体と脚質のリンクは相当に強い結び付きがあるもので絶対に無理な位置がある。100%先行脚質なら本当に何があっても後ろからは絶対に脚が使えない体型だったり、差し体型で無理に先行させると全く伸びなかったり。差し体型の場合は条件付きで逃げ先行から脚が使えることは多いので絶対に後ろからじゃなければというのは少ないけど、その馬に最も合った位置は絶対にある。その理想の位置で走らせない、または走らせられないから馬のポテンシャルを引き出せない。これが下手な騎手。走れる位置の理解はあってもそこに上手く無理なく誘導できないならば下手な乗り手。

馬を上手に誘導できず何か負担を生じさせるから馬が動き切れないわけで、馬を楽々動かせる騎手と比べれば理想の位置の取り合いで差が出来てしまう。結果、馬の個性からズレた位置での競馬を強いられてポテンシャルを引き出せないという悪循環。馬を意のままに動かすのは熟練度とセンス。これは自分でも10年乗っていたから感覚で分かる。下手な騎手や若手が動かし切れないのは熟練度が足りないからは当然として元から持ったセンスの差も大きい。

競馬学校を出れば一定以上に乗れる騎手には育つ。これを100として誰もが頑張れば到達できるところ。誰でもとはいえもの凄い努力が必要なのでそこに敬意はもちろんある。が、元からというか生まれ持った乗れる人間と比べれば絶対的な差があって、その生まれ持ったセンスの部分はプラス100かもしれないしプラス500なのかもしれない。それはもう何が引っ繰り返ろうと決して埋まらないぐらいの差。努力して100に到達してもどうやっても努力もしたセンス持ちの600には勝ちようがない。長い間、馬と共生してきた人類なのだから、馬との結び付きの強さ、育った環境、遺伝での生まれ持ったセンス持ちは沢山いる。もちろん競馬学校にも入ってくるかもしれないがそんな確率は極少。日本の競馬の中だけでも明らかに腕の差があるのだから日本は今の上位騎手のレベルを最低ラインとすべきでもっと門戸を広げてセンス持ちを獲得して欲しい。話は飛んだが、上位騎手と比べればセンスの乏しい騎手は下手な部類に入れられても仕方ないということ。

長々と詰まる騎手への批判への反論と下手なジョッキーとは何かってことを書きましたが、馬を動かすセンスが乏しく馬の個性に合った脚質を引き出せない騎手が下手な騎手で、詰まる騎手は状況判断の未熟さから言えば下手とも言えるが馬を動かせているのだから馬乗りとしては下手じゃなく、分けるならばむしろ馬券が買える騎手の方に入るということ。詰まりを批判して下手な騎手認定するよりは本当に乗れない騎手の方をしっかり見抜いていた方が身になるという話し。頭にきても詰まり批判はほどほどにね。次はきっと突き抜けてくれるから信じて買おう。

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